夜行特急「ドリームつばめ」の歴史|急行「かいもん」から特急化、2004年「有明」編入まで

ドリームつばめ

ドリームつばめ

夜行特急「ドリームつばめ」の歴史|急行「かいもん」から特急化、2004年「有明」編入まで

1.概要

「ドリームつばめ」は、1993年(平成5年)3月18日のダイヤ改正で、鹿児島本線の夜行急行「かいもん」を特急列車へ格上げして登場した夜行特急である。博多駅と西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)を鹿児島本線経由で結び、九州内を走る代表的な夜行列車の一つとして運転された。

その前身となった「かいもん」は、1959年(昭和34年)に博多駅~西鹿児島駅間の準急列車として登場し、1966年(昭和41年)に急行列車へ格上げされた。その後、夜行列車として定着し、1978年(昭和53年)には20系寝台車と12系座席車を組み合わせた編成となり、1986年(昭和61年)には寝台車を24系客車に変更するなど、設備の改善が図られていた。

1993年に「ドリームつばめ」として特急化された後も、博多~西鹿児島間を夜行で結ぶ役割を担ったが、2004年(平成16年)3月13日の九州新幹線部分開業に伴うダイヤ改正で運転区間が短縮され、「有明」に編入された。

現在では、九州新幹線の全線開業により博多~鹿児島中央間を夜行で結ぶ列車そのものが姿を消しており、「ドリームつばめ」はJR九州における夜行列車の歴史を語るうえで重要な存在となっている。

2.前身となった夜行急行「かいもん」

「ドリームつばめ」の歴史をたどるには、前身である夜行急行「かいもん」から見る必要がある。

1959年(昭和34年)、博多駅~西鹿児島駅間を結ぶ準急列車として「かいもん」が登場した。当時は鹿児島本線を経由して九州北部と鹿児島を結ぶ列車として設定され、1960年(昭和35年)には1往復が増発され、指宿枕崎線の山川駅まで乗り入れていた。

1961年(昭和36年)には博多~西鹿児島間に急行「フェニックス」が登場するなど、九州内の長距離優等列車網が充実していった。

1965年(昭和40年)には、従来「さつま」として運転されていた鹿児島本線内の夜行列車が分離され、「はやと」となった。さらに1966年(昭和41年)の急行料金制度改変により「かいもん」も急行列車へ格上げされた。

1968年(昭和43年)のヨンサントオ改正では「はやと」が「かいもん」に統合され、昼行・夜行を合わせて「かいもん」の運転本数が増加した。

その後、昼行の鹿児島本線優等列車は特急「有明」を中心とする体系へ移行していったが、夜行列車については「かいもん」が残り、博多~西鹿児島間を結ぶ夜行急行として運転を続けた。

3.20系・12系客車による夜行列車

1970年(昭和45年)に鹿児島本線全線の電化が完成すると、昼行の急行列車は次第に電車化されていった。一方、夜行「かいもん」は客車列車として残った。

1978年(昭和53年)3月には、「かいもん」の車両が変更され、寝台車に20系客車、座席車に12系客車を使用する編成となった。

これにより「かいもん」は、寝台と座席を組み合わせた夜行列車として運転されることになった。

さらに1986年(昭和61年)11月のダイヤ改正では、寝台車を24系客車へ変更。国鉄末期からJR発足後にかけても、九州を南北に結ぶ夜行列車として運転を続けた。

また、1985年(昭和60年)には「かいもん」の臨時増発列車として寝台特急「桜島」が設定された。「桜島」は24系客車を使用したため特急列車となったが、定期的な往復運転ではなく、片道のみの運転となる場合も多かった。

このように、1980年代後半の鹿児島本線では、定期夜行急行「かいもん」を中心として、臨時寝台特急「桜島」なども運転されていた。

4.JR発足後も残った「かいもん」

1987年(昭和62年)4月1日の国鉄分割民営化により、「かいもん」はJR九州の列車となった。

鹿児島本線の昼行優等列車は特急「有明」などに整理されていった一方、夜行列車については「かいもん」が唯一の定期急行列車として残った。

しかし、国鉄末期からJR発足後にかけて、夜行列車を取り巻く環境は大きく変化していた。

高速道路網の整備や高速バス、航空機などとの競争が激しくなり、夜行列車そのものの利用も徐々に減少していた。一方で、博多~鹿児島間を夜間に移動できる「かいもん」は、寝台設備を備えた列車として一定の需要を維持していた。

こうした中、JR九州では昼行列車だけでなく夜行列車についても特急化を進めることになった。

5.1993年「ドリームつばめ」誕生

787系ドリームつばめ

787系ドリームつばめ

1993年(平成5年)3月18日のダイヤ改正で、「かいもん」は特急列車へ格上げされ、「ドリームつばめ」に改称された。

運転区間は博多駅~西鹿児島駅間で、鹿児島本線を経由して九州北部と鹿児島を結んだ。

この改正では、日豊本線を走っていた夜行急行「日南」も特急へ格上げされ、「ドリームにちりん」となった。

これにより、JR九州管内で運転されていた定期の夜行急行列車は姿を消し、夜行列車の特急化が進んだ。

「ドリームつばめ」という名称は、昼行特急「つばめ」と一体的なイメージを持たせるものであり、鹿児島本線の昼夜の都市間輸送を担う列車として位置付けられた。

6.夜行特急「ドリームつばめ」の役割

「ドリームつばめ」は、夜間に博多を出発して鹿児島方面へ向かい、逆方向では鹿児島から博多へ向かうという、典型的な夜行都市間列車であった。

当時の鹿児島本線では昼行特急「有明」「つばめ」が運転されており、「ドリームつばめ」はこれらを補完する存在であった。

特に夜間に移動することで、宿泊時間を節約できることが夜行列車の大きなメリットだった。

一方で、航空機や高速バスなどとの競争が激しくなっていたことに加え、九州新幹線の整備が進められていたため、長距離夜行列車を取り巻く環境は次第に厳しくなっていた。

7.使用車両と「つばめ」ブランド

「かいもん」時代は客車による運転が続いていたが、「ドリームつばめ」への特急化後も夜行列車としての性格は維持された。

一方、昼行の「つばめ」は1992年(平成4年)7月15日のダイヤ改正で「有明」から独立し、787系電車が投入された。

787系はJR九州を代表する新型特急車両として登場し、1992年の「つばめ」運転開始以降、鹿児島本線の高速化・イメージアップを象徴する存在となった。

この時代の「つばめ」は昼行列車として大きく変貌する一方、「ドリームつばめ」は夜行列車として従来からの役割を引き継いでいた。

つまり、同じ「つばめ」の名を持ちながら、昼は新型特急電車、夜は夜行列車という異なる性格の列車が鹿児島本線を走っていたことになる。

8.2004年九州新幹線部分開業と「有明」への編入

「ドリームつばめ」の大きな転機となったのが、2004年(平成16年)3月13日の九州新幹線新八代~鹿児島中央間部分開業である。

この改正では、鹿児島本線の列車体系が大きく変更された。

新八代駅では九州新幹線「つばめ」と在来線特急「リレーつばめ」が接続し、博多~鹿児島中央間を新幹線と在来線特急を乗り継いで移動する体系が構築された。

これに伴い、従来の「ドリームつばめ」は運転区間が短縮され、「有明」に編入された。

これによって、1993年に「かいもん」から特急「ドリームつばめ」へと姿を変えた夜行列車は、わずか11年で独立した列車名としての役割を終えることになった。

「ドリームつばめ」の廃止は、単に一つの夜行列車がなくなったというだけではなく、鹿児島本線における博多~鹿児島間の都市間輸送が、夜行列車から新幹線を中心とした昼行輸送へ大きく転換したことを象徴する出来事だった。

9.「ドリームつばめ」から九州新幹線へ

2004年の九州新幹線部分開業後、博多~鹿児島中央間では「リレーつばめ」と九州新幹線「つばめ」の乗り継ぎによる高速輸送が中心となった。

さらに2011年(平成23年)3月12日には九州新幹線が博多~鹿児島中央間で全線開業した。

これにより、博多~鹿児島中央間は新幹線で直結され、かつて「かいもん」「ドリームつばめ」が担っていた長距離夜行輸送を必要とする場面は大幅に減少した。

夜行列車で一晩かけて移動するよりも、新幹線で日中に短時間で移動する方が便利になったためである。

「ドリームつばめ」が消えた7年後には、昼行の「リレーつばめ」も役割を終え、鹿児島本線の博多~鹿児島間輸送は完全に新幹線中心へ移行した。

10.「かいもん」から「ドリームつばめ」までの変遷

博多~西鹿児島間を結んだ夜行列車の歴史は、次のように整理できる。

1959年(昭和34年)に準急「かいもん」が登場。

1966年(昭和41年)に急行列車へ格上げされ、夜行列車としての運転が定着した。

1978年(昭和53年)には20系寝台車+12系座席車の編成となり、1986年(昭和61年)には寝台車を24系客車に変更。

国鉄分割民営化後も夜行急行として運転を続けたが、1993年(平成5年)3月18日のダイヤ改正で特急に格上げされ、「ドリームつばめ」に改称された。

そして2004年(平成16年)3月13日、九州新幹線部分開業に伴って「有明」に編入され、独立した列車名としての運転を終了した。

「かいもん」から数えれば、約45年間にわたって博多と鹿児島を結んだ夜行列車の歴史だった。

11.まとめ

夜行特急「ドリームつばめ」は、1993年に夜行急行「かいもん」を特急へ格上げする形で誕生した。

しかし、その歴史をたどると、単独の列車として突然登場したものではなく、1950年代から続いてきた鹿児島本線の夜行列車の流れを受け継いだ列車であった。

「かいもん」は20系・12系、24系客車などを使用しながら、国鉄時代からJR九州発足後まで博多~西鹿児島間を結び続けた。そして1993年に「ドリームつばめ」となり、昼行特急「つばめ」とともに鹿児島本線の都市間輸送を担った。

しかし、2004年の九州新幹線部分開業によって博多~鹿児島間の輸送体系が大きく変化すると、「ドリームつばめ」は「有明」に編入され、夜行列車としての歴史に幕を下ろした。

その後、2011年には九州新幹線が博多~鹿児島中央間で全線開業し、かつて夜行列車が走っていた区間は新幹線によって昼行の高速輸送が実現した。

「かいもん」から「ドリームつばめ」へ、そして九州新幹線へという変化は、鹿児島本線における優等列車の歴史そのものを象徴している。夜行列車が活躍した時代から、新幹線による高速・高頻度輸送の時代へと移り変わる中で、「ドリームつばめ」はその過渡期を担った列車だったといえる。

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