1.概要
急行「だいせん」は、大阪駅と山陰地方を結んだ急行列車である。特に夜行列車として長く運転され、最終的には大阪~出雲市間を結ぶ夜行急行として2004年まで運転された。
そのルーツは、1947年(昭和22年)6月に大阪~大社間で運転を開始した夜行準急705・706列車までさかのぼる。この列車はその後、山陰方面の複数の優等列車と関係しながら発展し、1968年(昭和43年)10月1日のヨンサントオ改正で、大阪発着の山陰方面急行を統合した福知山線経由の「だいせん」が成立した。
なお、「だいせん」という愛称自体は1947年の夜行準急から使用されていたものではない。1953年に岡山~松江間の快速列車で初めて使用され、1958年には京都~大社間の伯備線経由急行の愛称となった。1963年には赤穂線経由となり、1968年の改正で「おき」に改称された一方、大阪発着の山陰方面急行に「だいせん」の愛称が引き継がれた。したがって、1958~1968年の伯備線経由「だいせん」と、1968年以降の福知山線経由「だいせん」は、愛称は同じでも別系統の列車である。
以後の「だいせん」は昼行・夜行の双方が設定され、1978年には夜行列車に20系客車が投入された。1986年以降は夜行1往復に整理され、14系寝台車と12系座席車による編成となった。
1999年には寝台車が廃止され、キハ65形気動車による夜行急行となり、2004年10月16日のダイヤ改正で廃止された。
2.戦前から続いた京阪神~山陰夜行列車
大阪と山陰地方を結ぶ夜行列車の歴史は古く、1914年(大正3年)には大阪~大社線大社間を直通する普通列車が運転を開始した。
1919年には、大阪~大社間および京都~大社間の夜行普通列車に二等寝台車が連結された。
さらに1935年(昭和10年)には、大阪~大社間の昼行急行列車が運転を開始するとともに、夜行普通列車にも三等寝台車が連結され、京阪神から山陰へ向かう夜行輸送が強化された。
しかし、戦時体制への移行によって輸送事情は大きく変化した。1941年には輸送力増強のため全国的に三等寝台車の連結が中止され、1943年には大阪~大社間の夜行普通列車でも二等寝台車の連結が中止された。
1944年には京都~大社間の夜行普通列車も廃止され、戦前の山陰夜行列車は縮小していった。
3.戦後の夜行準急から山陰夜行列車へ
戦後になると山陰方面への旅客需要が回復し、1947年(昭和22年)6月29日には大阪~大社間で夜行準急705・706列車が運転を開始した。
この列車が、後の福知山線経由「だいせん」につながる夜行列車のルーツである。
当時、大阪~大社間には夜行普通列車407・408列車も運転されており、大阪から山陰方面へ向かう夜行列車は複数設定されていた。
1951年11月には準急705・706列車の運転区間が東京~大社・浜田間に変更され、急行「いずも」となった。東京~大阪間では「せと」と併結運転を行い、東京から山陰へ直通する長距離夜行列車へ発展した。
その後、「いずも」は1956年に「出雲」と改称され、東京~山陰間を結ぶ代表的な列車となっていった。
一方、大阪~山陰間では別系統の夜行列車が発展していくことになる。
4.「だいせん」という愛称の誕生
「だいせん」という愛称が初めて使用されたのは1953年(昭和28年)である。
当初は岡山~松江間を山陽本線・伯備線・山陰本線経由で運転する快速列車の名称として使用された。
1958年10月1日には、京都~大社間を結ぶ急行列車に「だいせん」の愛称が採用された。この列車は山陽本線・伯備線・山陰本線・大社線を経由し、京都~岡山間では急行「宮島」と併結運転を行った。
1961年のサンロクトオ改正では「宮島」との併結相手が「さつま」に変更され、1962年には気動車化されるなど、伯備線経由の「だいせん」は輸送体系の変化に対応していった。
1963年には赤穂線経由に変更されたが、1968年10月1日のヨンサントオ改正で、この「だいせん」は「おき」に改称された。
同時に、大阪発着で福知山線を経由する山陰方面急行に「だいせん」の愛称が使用されることになった。
つまり、現在知られる「だいせん」は、1958年から1968年まで運転された伯備線経由の初代「だいせん」から愛称を引き継いだ、別系統の列車である。
5.1968年ヨンサントオで福知山線経由「だいせん」成立
現在知られる急行「だいせん」が誕生したのは、1968年(昭和43年)10月1日のヨンサントオ改正である。
この改正では、大阪発着の山陰方面急行列車であった「山陰観光」「三瓶」「白兎」「おき」が統合され、福知山線経由の急行「だいせん」として再編された。
運転区間は大阪~松江・出雲市・大社・益田間となり、合計4往復が設定された。
この時点で「だいせん」は、京阪神と山陰地方を結ぶ主要急行列車としての地位を確立した。
6.20系客車を使用した夜行急行時代
1970年代になると、「だいせん」は昼行列車と夜行列車を組み合わせた運転体系となった。
1978年(昭和53年)10月2日の改正では、夜行列車である「だいせん」5・6号に20系客車が投入された。
20系客車は本来ブルートレイン用の特急形寝台客車であったが、国鉄では輸送需要に応じて急行列車にも使用されていた。
これにより「だいせん」は、急行列車ながら本格的な寝台設備を持つ夜行列車となった。
寝台車に加えて座席車も連結され、夜間移動需要だけでなく、早朝から活動したい旅行者にも利用された。
| 1982年11月15日ダイヤ改正現在夜行急行だいせん編成表 | ||||||||||
| 夜行急行だいせん | 大阪~大社 | 20系 | 所属 | 宮原 | ||||||
| ←大阪 | 大社→ | |||||||||
| 郵・荷 | 荷物 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
| ナハ21 | ナハ21 | ナハ21 | ナハネ20 | ナハネ20 | ナハネ20 | ナハネ20 | ナハネ20 | ナハネフ22 | ||
| 指定 | 指定 | 指定 | B★ | B★ | B★ | B★ | B★ | B★ | ||
| ※1 郵便車・荷物車を連結。B★は3段式B寝台 | ||||||||||
| ※2 大阪~大社間全区間をDD51が牽引 | ||||||||||
| ※3 米子~大社間は普通列車 | ||||||||||
| ※4 1~3号車は米子~大社間は自由席 | ||||||||||
| ※5 郵便・荷物車は下りのみ連結 | ||||||||||
7.1985年以降の縮小と14系寝台化
1985年(昭和60年)3月14日の改正では、夜行「だいせん」は運転区間が大阪~出雲市間となり、自由席が設定された。
また、京都~出雲市間の夜行普通列車「山陰」が廃止されたことで、「だいせん」は大阪から山陰方面へ向かう貴重な夜行列車となった。
1986年(昭和61年)11月1日には、福知山線宝塚~城崎間の電化に伴い、昼行「だいせん」は特急「北近畿」に統合された。
これにより「だいせん」は大阪~出雲市間の夜行1往復のみとなり、使用車両も14系寝台車と12系客車を組み合わせた編成へ変更された。
14系寝台車への変更後は、ブルートレインに近い姿で最後の時代を迎えることとなった。
| 1986年11月1日ダイヤ改正現在夜行急行だいせん編成表 | |||||||
| 夜行急行だいせん | 大阪~出雲市 | 14系寝台+12系座席 | 所属 | 宮原 | |||
| ←大阪 | 出雲市→ | ||||||
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | ||
| スハネフ14 | オハネ14 | オハネ14 | オハ12 | オハ12 | スハフ12 | ||
| B★ | B★ | B★ | 指定 | 指定 | 自由 | ||
| ※1 大阪~出雲市間全区間をDD51が牽引 | |||||||
| ※2 倉吉~出雲市間は普通列車 | |||||||
| ※3 B★はB寝台3段式寝台車 | |||||||
8.晩年の姿と廃止
1994年(平成6年)には寝台車が14系14形から14系15形へ変更され、B寝台が2段式へ改良された。
しかし、利用者減少は止まらなかった。
1999年(平成11年)10月の改正では、運転区間が大阪~米子間へ短縮され、寝台車の連結も廃止された。
使用車両もキハ65形「エーデル車」に変更され、夜行急行としての性格は失われた。
その後、2004年(平成16年)10月16日のダイヤ改正で「だいせん」は廃止された。
9.まとめ
急行「だいせん」は、戦前から続いた京阪神と山陰地方を結ぶ夜行列車の流れを受け継いだ列車であった。
1947年の夜行準急を起源とし、「いずも」「出雲」「おき」「しまね」など数多くの山陰夜行列車と関わりながら発展した。
1968年のヨンサントオ改正で福知山線経由の急行「だいせん」として確立し、20系客車や14系寝台車を使用するなど、国鉄時代を代表する夜行急行となった。
しかし、新幹線・高速道路・航空機の発展によって夜行需要は減少し、2004年に半世紀以上にわたる歴史に幕を下ろした。
「だいせん」は、寝台特急「出雲」が東京~山陰を結ぶ長距離ブルートレインだったのに対し、大阪から山陰へ向かう地域密着型の夜行列車として、京阪神と山陰を結ぶ鉄道輸送の歴史を象徴する存在であった。

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