夜行急行・特急「まりも」の歴史|函館~釧路から札幌~釧路へ、北海道を結んだ夜行列車の変遷

キハ183系夜行特急まりも

キハ183系夜行特急まりも

夜行急行・特急「まりも」の歴史|函館~釧路から札幌~釧路へ、北海道を結んだ夜行列車の変遷

1.概要

「まりも」は、かつて北海道内を走っていた夜行列車である。

そのルーツは1949年(昭和24年)に運転を開始した函館~釧路間の夜行列車にあり、1951年(昭和26年)4月から「まりも」の愛称が与えられた。当初は函館~釧路間を函館本線・根室本線経由で結び、札幌以東では準急列車として運転されるという特徴的な運転形態を採っていた。

その後、1965年(昭和40年)に函館~札幌間を分離して札幌~釧路間の夜行急行となり、1968年(昭和43年)のダイヤ改正で一度廃止された。

しかし、1981年(昭和56年)の石勝線開業に伴って札幌~釧路間の夜行急行として「まりも」が復活。1985年(昭和60年)には昼行列車が特急「おおぞら」に統合され、夜行列車だけが残った。その後、1993年(平成5年)に夜行急行も「おおぞら」に統合されて再び「まりも」の愛称は消滅した。

さらに2001年(平成13年)、昼行の「おおぞら」がキハ283系による高速化された「スーパーおおぞら」に移行したことに伴い、キハ183系で運転されていた夜行列車が独立。ここで特急「まりも」として再び愛称が復活した。

最終的には2007年(平成19年)に臨時列車へ格下げされ、2008年(平成20年)8月31日発を最後に廃止された。

「まりも」は、北海道の夜行列車がたどった歴史を象徴する列車の一つであり、函館発着から札幌発着へ、さらに石勝線経由へと運転区間を変えながら、半世紀以上にわたって道東と道央・道南を結び続けた。


2.「まりも」の登場

「まりも」のルーツとなる夜行列車は、1949年(昭和24年)9月に函館~釧路間で運転を開始した。

当時の列車は札幌以東では準急列車として運転されるという特殊な形態で、1950年(昭和25年)10月には釧路からさらに根室まで運転区間を延長した。

このとき、函館~釧路間は急行列車、釧路~根室間は普通列車として運転されていた。

そして1951年(昭和26年)4月、函館~釧路間の夜行急行に「まりも」の愛称が与えられた。

列車名は、道東を代表する観光地である阿寒湖の「マリモ」に由来している。

以後、「まりも」は函館~釧路間を函館本線・根室本線経由で結ぶ夜行急行として運転された。

なお、この時代の北海道は現在とは鉄道網の性格が大きく異なり、函館は北海道の玄関口として大きな役割を持っていた。そのため、函館から道東へ向かう夜行列車という設定には大きな意味があった。


3.函館~釧路間から札幌~釧路間へ

1961年(昭和36年)10月、「まりも」は運転区間を函館~釧路間に短縮した。

さらに1965年(昭和40年)10月には、函館~札幌間を分離。「まりも」は札幌~釧路間の夜行急行となり、函館~札幌間には「ていね」が設定された。

ここで「まりも」は、それまでの函館と道東を結ぶ列車から、札幌と道東を結ぶ夜行列車へと性格を変えることになった。

札幌を起点とする運転形態は、その後の「まりも」にも受け継がれていくことになる。


4.1968年に一度廃止

1968年(昭和43年)10月のいわゆる「ヨンサントオ」ダイヤ改正では、北海道の優等列車体系も大きく整理された。

この改正で札幌~釧路間の夜行急行「まりも」は、同区間の昼行列車「狩勝」に統合され、「まりも」の愛称はいったん消滅した。

こうして、1951年から続いた「まりも」の第一期は終了する。

ただし、札幌~釧路間を夜行で結ぶ需要そのものが消えたわけではなかった。

その後、夜行普通列車「からまつ」などが設定され、札幌と道東を結ぶ夜行列車は形を変えながら残っていくことになる。


5.石勝線開業で「まりも」が復活

「まりも」が再び登場したのは1981年(昭和56年)10月だった。

石勝線の開業に伴い、札幌~釧路間に新しい優等列車体系が設定され、その中で「まりも」の愛称が復活した。

このときは札幌~釧路間に昼行・夜行の「まりも」がそれぞれ1往復設定された。

新しい「まりも」は、函館本線・根室本線の滝川経由ではなく、千歳線・石勝線・根室本線を経由する列車となった。

石勝線の開業によって札幌~道東間の鉄道ルートそのものが変わったことが、「まりも」の復活につながったのである。

1982年(昭和57年)11月15日には夜行「まりも」の座席車を14系客車に変更。翌1983年(昭和58年)6月26日からは寝台車も14系客車となった。

以後、「まりも」は14系客車を使用する夜行急行として北海道を代表する夜行列車の一つとなっていった。


6.昼行「まりも」は「おおぞら」へ

1985年(昭和60年)3月14日のダイヤ改正では、昼行「まりも」が特急「おおぞら」に統合された。

これにより札幌~釧路間の定期昼行「まりも」は姿を消し、夜行列車だけが残った。

同時に、札幌~帯広間の臨時急行「まりも」51・54号も廃止された。

この時点で「まりも」は、札幌~釧路間を夜間に走る寝台急行という性格が明確になった。

寝台設備については、1985年11月からB寝台の2段化が始まり、1986年7月には2段寝台化が完了した。

また1988年(昭和63年)6月には座席指定席に「ドリームカー」を連結。夜行列車ながら座席利用にも力を入れるようになった。

1989年(平成元年)2月には女性専用席も設定されるなど、夜行列車としてのサービス改善も行われている。


7.1993年、「おおぞら」に統合され再び消滅

しかし、夜行「まりも」も永続的に残ることはなかった。

1993年(平成5年)3月18日、急行「まりも」は特急化され、特急「おおぞら」13・14号として運転されることになった。

これにより「まりも」の愛称は再び消滅した。

この時期はJR北海道が特急列車の高速化を進めていた時代であり、昼行列車だけでなく夜行列車も特急体系へ組み込まれていった。

「まりも」は急行列車として長く親しまれてきたが、列車体系の整理によって「おおぞら」の一部へ組み込まれることになったのである。


8.2001年、特急「まりも」として再登場

「まりも」の愛称が三度目に登場するのは2001年(平成13年)だった。

この年、特急「おおぞら」の昼行列車はキハ283系気動車を使用する高速列車「スーパーおおぞら」に統一された。

一方、夜行列車は従来型のキハ183系で運転されていたため、昼行列車と運転形態が大きく異なることになった。

そこで2001年7月1日から、夜行の「おおぞら」13・14号は独立した列車となり、「まりも」の愛称が復活した。

こうして「まりも」は、今度は**特急「まりも」**として札幌~釧路間を結ぶことになった。

かつての急行「まりも」が特急「おおぞら」に統合されたのとは逆に、今度は「おおぞら」から「まりも」が分離される形になったのである。

なお、愛称復活を記念して、寝台特急「北斗星」で使用されていた24系客車を使用した「北斗星まりも」も運転された。


9.特急「まりも」は根室まで延長されたことも

2001年から2005年にかけては、夏季に「まりも」を釧路から根室まで延長運転することもあった。

釧路~根室間では快速列車として運転され、下りは「はなさき」、上りは「ノサップ」のダイヤを利用する形で運転された。

延長運転時の停車駅は、

釧路-東釧路-厚岸-茶内-浜中-厚床-落石-根室

であった。

この延長運転は、単なる観光列車としての運転ではなく、釧路~根室間の始発・最終列車を補完する役割も持っていた。

札幌から夜行列車で釧路へ到着した列車が、そのまま根室まで足を延ばすという運転形態は、北海道の広大な鉄道網ならではのものだったといえる。


10.「まりも」の最後の姿

特急「まりも」は札幌~釧路間を約7時間で結んだ。

末期の基本編成は、座席車にキハ183系気動車4両、寝台車に14系客車2両を連結した6両編成であった。

座席車は普通車自由席2両、普通車指定席2両、寝台車は開放B寝台2両という構成で、繁忙期には座席車を増結して最大9両編成となった。

指定席車と寝台車には女性専用席も設定されていた。

末期には寝台車が1両減車され、5両編成となった。

また、B寝台料金は通常6,300円だったが、「まりも」では前身の「おおぞら」13・14号時代から11月~5月の冬季に限って3,000円に割り引かれていた。

これは北海道の夜行列車らしい特徴の一つだった。


11.臨時列車化、そして廃止

しかし、北海道の夜行列車を取り巻く環境は次第に厳しくなっていった。

2006年(平成18年)3月18日のダイヤ改正で「利尻」が季節臨時列車に格下げされたことにより、「まりも」は北海道内だけで運転が完結する唯一の定期夜行特急となった。

しかし、その「まりも」も長くは続かなかった。

2007年(平成19年)10月1日のダイヤ改正で臨時列車へ格下げ。

そして2008年(平成20年)8月31日発の列車を最後に運転を終了した。

これによって、北海道内だけで運転が完結する定期夜行列車は完全に消滅した。

1949年に始まった函館~釧路間の夜行列車をルーツとする「まりも」は、約60年にわたる歴史に幕を下ろしたのである。


12.その後の「まりも」

「まりも」は廃止後も、イベント列車として一時的に復活している。

2011年(平成23年)には団体列車として「急行まりも」を復活させる計画があったものの、運転は中止された。

翌2012年(平成24年)には北海道デスティネーションキャンペーンに合わせて、2日間限定で「急行まりも」が運転された。

7月20日は札幌発釧路行き、7月22日は釧路発札幌行きとして運転され、札幌~釧路間は千歳線・石勝線・根室本線を経由した。

使用車両はDD51形ディーゼル機関車が牽引する14系座席車3両と24系寝台車2両の5両編成であった。

定期列車としての「まりも」が廃止された後も、ファンにとっては「北海道の夜行列車」を象徴する列車として、その名前は記憶され続けている。


13.運転区間から見る「まりも」の歴史

「まりも」の歴史を振り返ると、単純に「札幌~釧路間の夜行列車」と捉えることはできない。

その運転区間は時代によって大きく変化している。

時期 列車 運転区間・経路 性格
1949~1950年 夜行列車 函館~釧路・根室 夜行列車
1951~1961年 まりも 函館~釧路 夜行急行
1961~1965年 まりも 函館~釧路 夜行急行
1965~1968年 まりも 札幌~釧路 夜行急行
1981~1985年 まりも 札幌~釧路 昼行・夜行急行
1985~1993年 まりも 札幌~釧路 夜行急行
1993~2001年 おおぞら13・14号 札幌~釧路 夜行特急
2001~2007年 まりも 札幌~釧路 夜行特急
2001~2005年 まりも 札幌~根室 夏季延長運転
2007~2008年 まりも 札幌~釧路 臨時夜行特急
2012年 急行まりも 札幌~釧路 イベント列車

特に大きな転換点となったのが1981年の石勝線開業である。

それまでの札幌~釧路間では函館本線・根室本線を経由するルートが中心だったが、石勝線の開業によって札幌から道東へ向かう新しい短絡ルートが形成された。

その新ルートを経由する夜行列車として復活したのが「まりも」だった。


14.まとめ

「まりも」は、北海道の鉄道網の変化とともに運転区間や列車種別を変えてきた夜行列車だった。

1949年に函館~釧路間の夜行列車として始まり、1951年に「まりも」の愛称が与えられた。その後、1965年には札幌~釧路間へ短縮され、1968年に一度廃止された。

1981年には石勝線の開業によって再び札幌~釧路間の夜行急行として復活。1985年には昼行「まりも」が「おおぞら」に統合され、夜行列車だけが残った。

さらに1993年には夜行列車そのものが「おおぞら」に統合され、再び「まりも」の愛称が消滅した。

そして2001年、キハ283系による高速化された昼行「スーパーおおぞら」と従来型キハ183系による夜行列車を分離する形で、今度は特急「まりも」として復活した。

しかし、夜行列車そのものの需要減少には抗えず、2007年に臨時列車へ格下げ。2008年8月31日を最後に廃止された。

「まりも」は、函館と道東を結んだ時代から札幌と釧路を結ぶ時代へ、さらに石勝線経由へと運転ルートを変えながら、北海道の夜行列車として長い歴史を歩んだ列車である。

そして最後には、北海道内だけで完結する定期夜行列車そのものが消滅した。

「まりも」の廃止は、一つの夜行列車がなくなったというだけではなく、北海道の広大な鉄道網を夜通し走る列車が姿を消したという意味でも、大きな転換点だったといえる。

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