阪神本線歴史

8000系1次車の8901F

8000系1次車の8901F

阪神本線歴史

1905年(明治38年)4月12日に出入橋~神戸間開業。同年4月21日に今津~西宮間に西宮東口駅、西宮~打出間に戎駅が開業した。同年5月23日に出屋敷~武庫川間の蓬川駅が廃止された。同年7月10日に新生田川~神戸間の旭通駅が廃止された。

1906年(明治39年)12月21日に梅田~出入橋間が延伸開業した。大阪側の起点が梅田駅となった。

1907年(明治40年)2月20日に西宮~打出間の戎駅が廃止された。同年4月1日に西宮~打出間に香櫨園駅が開業した。

1908年(明治41年)に当線を歌った「阪神電車唱歌」作曲。同年11月27日に岩屋~春日野道間に脇浜駅が開業した。

1912年(大正元年)11月1日に神戸側終点を雲井通(三宮)から加納町(滝道)まで延伸。加納町(滝道)に滝道駅を設置、従来の神戸駅(神戸雲井通)を三宮駅に改称した。滝道駅は三宮駅に代わって神戸駅とも呼ばれた。

1921年(大正10年)1月5日に大和田駅と佃駅を統合して千船駅が開業した。

1924年(大正13年)8月1日に鳴尾~今津(現在の久寿川)間に臨時駅として甲子園駅が開業した。

1925年(大正14年)5月30日に稗島駅を姫島駅と改称した。

1926年(大正15年)7月16日に甲子園駅が通年営業となった。同年12月19日に今津駅(初代)を久寿川駅と改称し、久寿川~西宮東口間に阪急今津線との接続駅として今津駅(2代目)を開業した。

1927年(昭和2年)7月1日に阪神国道電軌(後の阪神国道線)開業に伴い、本線の大石~岩屋間へ国道電軌の接続駅として西灘駅が開業した。

1929年(昭和4年)7月27日に東明~大石間の(旧)新在家駅を廃止した。御影駅を高架化により移転した。

1930年(昭和5年)2月11日に東明駅を(新)新在家駅へ改称した。

1933年(昭和8年)6月17日に神戸側の地下新線(岩屋~神戸間)が開業した。岩屋以西を地下線として岩屋~三宮~滝道(神戸)間地上線を廃止した。省線三ノ宮駅近くの地下へ新たな神戸側終点となる神戸駅を設置した。同日より梅田~神戸間で特急の運転を開始した。

1934年(昭和9年)5月1日に岩屋~神戸間に春日野道駅を開業した。

1936年(昭和11年)3月18日に神戸側終点を元町まで延伸。同時に神戸駅を三宮駅に改称した。

1938年(昭和13年)7月5日に阪神大水害により、神戸市内の地下線が土砂で埋まるなど、甚大な被害を受けた。

1939年(昭和14年)3月21日に梅田駅が地下化され、0.3km延長された。

1943年(昭和18年)11月21日に武庫川信号場が新設された。

1945年(昭和20年)に福島駅の営業を休止した。同年3月28日に戦禍により三宮~元町間の営業を休止した。同年11月3日nに三宮~元町間の営業を再開した。

1948年(昭和23年)10月26日に福島駅の営業を再開した。梅田~福島間の出入橋駅を廃止した。

1952年(昭和27年)9月14日に出屋敷~武庫川間に(臨)尼崎センタープール前駅が開業した。

1954年(昭和29年)9月15日に3011系による、阪神間をノンストップで結ぶ特急の運転が開始された。

1963年(昭和38年)12月1日に昼間の運転間隔を10分から12分に変更した。尼崎センタープール前駅が通年営業となった。

1965年(昭和40年)9月15日に西大阪線に直通する西大阪線特急を元町~西九条間で運転を開始した。

1967年(昭和42年)7月2日に石屋川~西灘間を高架化した。大石駅を移転。新在家車庫(旧・東明車庫)を廃止し石屋川車庫を開設した。同年11月12日に架線電圧を600Vから1500Vに昇圧した。

1968年(昭和43年)3月17日にATSを設置した。同年3月20日に神戸高速鉄道・山陽電気鉄道との直通運転を開始した。西大阪線特急の神戸側発着を元町から三宮に変更した。同年4月7日に神戸高速鉄道・山陽電気鉄道との直通営業運転を開始した。

1974年(昭和49年)12月1日に西大阪線特急を利用低迷から廃止した。

1977年(昭和52年)12月27日に全線を軌道法に基づく軌道から地方鉄道法に基づく鉄道に変更した。

1984年(昭和59年)3月に甲子園~久寿川間を高架化した。

1991年(平成3年)7月に尼崎~武庫川の下り線が高架化された。

1993年(平成5年)9月5日に梅田~野田間を地下新線に切り替えた。福島駅が地下化された。

1994年(平成6年)1月23日に尼崎~武庫川間の上り線が高架線に切り替えられ、上下線が高架化された。

2207F臨時特急甲子園

2207F臨時特急甲子園

1995年(平成7年)1月17日に発生した阪神・淡路大震災で甚大な被害を受け全線が不通となった。同年1月18日に梅田~甲子園間が復旧した。同年1月26日に甲子園~青木間が復旧した。同年2月1日に三宮~元町間が復旧し、神戸高速鉄道高速神戸まで運転を再開した。同年2月7日に震災で御影駅で脱線した列車を尼崎車庫に回送中、尼崎駅構内のポイントで12両中前から6両目から9両目の計4両が脱線した。始発から正午まで全線で運休になった。事故列車は御影駅構内で震災により被災した8000系6両編成2本を繋いだ12両で、自力走行できない6両(8219F)を前の6両(8215F)に連結し、当日未明に御影駅から修理のため尼崎車庫まで10km/hで回送していたが、後部車両の台車の空気バネが破損していたこと、さらに制動に使用する空気を圧縮するコンプレッサーも使用できなかった。そのためポイント通過中に車両が異常動揺を起こし脱線した。結局、後部車両はクレーンで撤去され午前10時まで電車の出庫ができなかった。同年2月11日に青木~御影間が復旧した。同年2月20日に岩屋~三宮間が復旧した。3月1日に西灘~岩屋間が復旧した。同年6月26日に御影~西灘間が復旧した。同年11月に堀切信号場が新設された。

1996年(平成8年)3月20日に石屋川車庫が再建され完全復旧した。

1998年(平成10年)2月15日に梅田~山陽姫路間に直通特急姫路ライナー・大阪ライナーの運転を開始した。データイムの快速急行が梅田~西宮(土曜・休日は甲子園)間の急行に差し替えられた。

2001年(平成13年)2月17日に住吉~魚崎間の上り線が高架線に切り替えられた。同年3月3日に戦後に略字表記となっていた香枦園駅を旧字体を用いた香櫨園駅に改称した。西宮駅を200m東側(大阪梅田寄り)に移設・高架化したことに伴い、今津~西宮間の西宮東口駅を統合により廃止した。3月10日に西宮駅の高架工事が完成した。直通特急を尼崎・魚崎終日停車とし、データイムには西元町・大開にも停車する列車が新設された。区間急行の種別が消滅した。

2002年(平成14年)11月9日に住吉~魚崎の下り線が高架線に切り替えになり、上下線が高架化された。

2006年(平成18年)10月28日ダイヤ改正で、下り準急の甲子園以西運転取りやめ、区間急行の種別が復活した。山陽姫路行き直通特急の最終便の発車時刻の繰り下げ(23:00発)などを実施。

2009年(平成21年)3月20日に阪神なんば線(旧:西大阪線)西九条~大阪難波間開業に伴い、本線と阪神なんば線・近鉄難波線・奈良線相互間で直通運転を開始した。同時に本線の快速急行は梅田~尼崎間の運転を、急行は西宮~三宮間の運転を休止し、快速急行はなんば線直通列車用の種別となった。また準急種別はなんば線内の運用に限定し、本線での運転を休止。

2012年(平成24年)3月20日ダイヤ改正で、快速急行の運転区間を神戸高速線新開地まで拡大。三宮発着の快速急行を夜間に1本増発(尼崎駅始発を延長)。区間特急の停車駅に野田を追加した。

2014年(平成26年)4月1日に三宮駅を神戸三宮駅に改称した。全駅に駅ナンバリングを導入した。

2015年(平成27年)3月14日に武庫川~甲子園間の下り線が高架化。鳴尾駅ホーム(下り線のみ)が高架化された。同年12月12日に魚崎~芦屋間の下り線が高架化された。

2016年(平成28年)3月19日ダイヤ改正で区間特急を御影発とし停車駅に魚崎・尼崎を追加した。

2017年(平成29年)3月18日に武庫川~甲子園間の上り線も高架化された。

2019年(令和元年)10月1日に梅田駅を大阪梅田駅に、鳴尾駅を鳴尾・武庫川女子大前駅に、それぞれ改称した。同年11月30日に魚崎~芦屋間の上り線も高架化した。

2020年(令和2年)3月14日ダイヤ改正で、快速急行については、平日データイムにも今津に停車、土曜・休日は8両編成での運行開始、芦屋を土曜・休日のみ通過に変更。青木発の区間急行が設定され、停車駅に青木・芦屋・西宮・今津を追加した。

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阪神記事まとめ

阪神本線記事まとめ
1 概要阪神本線は大阪の大阪梅田から元町に至る32.1kmの路線で、軌間1435㎜直流1500Vの電化複線鉄道である。元町以西神戸高速鉄道につながっており、元町~西代間の第2種鉄道事業も行っている。阪神と言えば駅間距離が短いのが特徴で、普通...

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