関西各駅探訪第167回~JR阪和線紀伊中ノ島駅~

【旧和歌山線ホームや昭和の香りが漂うレトロな駅舎を持つ駅】

紀伊中ノ島

紀伊中ノ島

JR阪和線紀伊中ノ島駅は、和歌山県和歌山市にある。阪和電気鉄道時代に開業した古い駅で、国鉄和歌山線にも紀伊中ノ島駅が設置され、連絡駅として機能していた。国有化後も和歌山線と連絡駅になっていたが、1974年10月1日に和歌山線田井ノ瀬~紀伊中ノ島~紀和間が廃止されて単独の駅となった。今でも和歌山線のホーム跡があり、ここに和歌山線が乗り入れていたことがよくわかる。日根野以南各駅に停まる紀州路快速は停車するが、朝の上り紀州路快速と快速は通過する。

紀伊中ノ島駅は1932年(昭和7年)1月1日に阪和電気鉄道の六十谷〜阪和東和歌山(現在の和歌山)間に中之島として新設開業した。同年1月15日に阪和中之島に改称された。1935年(昭和10年)1月1日 に鉄道省和歌山線の紀伊中ノ島駅が開業した。阪和電気鉄道の駅を102 m南側の国鉄線との交点へ移転して連絡駅となった。省線は短距離列車のみ停車し、阪和電鉄は当該列車と連絡する特急と急行の一部を停車させた。同年11月1日に和歌山線のほぼすべての列車が停まるようになり、阪和電鉄も停車本数を増やした。1936年(昭和11年)4月1日に阪和電鉄がダイヤ改正を実施し、和歌山線列車に連絡する直急が停車するようになった。同年6月10日に国有鉄道と阪和電気鉄道の駅が共同使用となった。同年9月25日に阪和電気鉄道の駅が紀伊中ノ島駅に改称、阪和電気鉄道側の駅舎を撤去した。1937年(昭和12年)4月1日に阪和電鉄がダイヤ改正を実施し、全ての特急と急行が停車するようになった。1939年(昭和14年)に阪和電鉄がホームを延長し4両編成に対応となった。1940年(昭和15年)12月1日に阪和電鉄が南海鉄道に吸収合併され、南海山手線と鉄道省和歌山線の駅となった。1944年(昭和19年)5月1日に南海山手線が戦時買収により国有化され、国鉄阪和線所属となった。1974年(昭和49年)10月1日に和歌山線の田井ノ瀬〜紀伊中ノ島〜紀和間が廃止された。阪和線のみの駅となった。1985年(昭和60年)3月14日に無人駅化された。1987年(昭和62年)4月1日に国鉄分割民営化により、JR西日本の駅となった。1993年(平成5年)3月18日ダイヤ改正で、ラッシュ時の快速停車が廃止された。2003年(平成15年)11月1日からICカードICOCAの利用が可能になった。。2017年(平成29年)5月27日から自動改札機の使用を開始した。2018年(平成30年)3月17日から駅ナンバリングが導入された。

紀伊中ノ島

紀伊中ノ島

ホームは築堤上にあり、2面2線の対向式ホームとなっている。ホーム有効長は8両分あるが、現在は最大6両編成が停車するのみとなっている。

紀伊中ノ島

紀伊中ノ島

駅舎は地上にあり、改札はICカード読み取り機のみが設置されており、自動改札はない。

紀伊中ノ島

紀伊中ノ島

無人駅だが、駅舎は阪和電気鉄道時代のレトロなものが残っている。

紀伊中ノ島

紀伊中ノ島

出口は1ヶ所のみで、駅も古びているが、駅周辺も昭和にタイムスリップしたような感じがする風景が広がっている。

紀伊中ノ島

紀伊中ノ島

今も残る和歌山線のホームと和歌山線の線路を越えていたガードが残る阪和線の線路。

紀伊中ノ島

紀伊中ノ島

古い線路を利用したホーム上屋もなかなかレトロなつくりで、独特の曲線が造形美を醸し出している。


紀伊中ノ島駅の2014年度1日あたりの乗車人員は389人で、うち定期利用者は151人となっている。10年前の2004年度に比べて利用者は、3割程度増加しているが、それでも阪和線では山中渓に次いで利用者は少ない。1つ上の長滝でも1,000人をちょっと割ったぐらいの乗車人員があるので、紀伊中ノ島と山中渓は、群を抜いて利用者数が少ない。

  

鉄道コム

コメント

タイトルとURLをコピーしました