【関西各駅探訪第581回】南海本線、高野線岸里玉出駅

岸里玉出

【3線が集うように見えるが、実は2線であることは現実からはわかりづらい】

南海本線、高野線岸里玉出駅は大阪市西成区にある。南海の主要2線が結節するが、高野線汐見橋方面は、線路が分断されているため、実質的には3路線が集まる形になっている。とは言え、南海本線、南海高野線ともに線路は分かれており、連絡の機能は薄く、両線とも普通(各停)しか停まらない。岸里玉出駅は1900年9月3日に高野鉄道の勝間駅として開業した。1903年2月26日には勝間駅を阿部野駅に改称。1907年10月26日に南海鉄道が天下茶屋〜住吉間に玉出駅を設置。1913年7月25日には天下茶屋〜玉出間に岸ノ里駅を設置した。1922年9月6日に南海鉄道が大阪高野鉄道を合併し、高野線とした。1925年2月1日に高野線阿部野駅を岸ノ里駅に改称、同年3月15日には岸ノ里駅東側に南海本線と高野線の連絡線を設置し、高野線の難波乗り入れを開始した。1926年12月3日に南海本線と高野線を結ぶ連絡線を複線化し、高野線汐見橋方面と南海本線和歌山市方面を結ぶ連絡線も複線で設置した。1944年6月1日には戦時統合により、近畿日本鉄道の駅となり、戦後1947年6月1日に南海電気鉄道の駅に戻った。1970年11月23日に南海高野線難波方面直通列車用にホームを設置した。1985年6月16日に南海高野線汐見橋方面と難波方面の線路を分断した。1993年4月18日に南海本線が高架化され、岸ノ里駅と玉出駅を統合して岸里玉出駅を開業した。1994年10月28日に高野線上り線が高架化、1995年8月10日に汐見橋線が高架化され、南海本線と再び線路が繋がった。同年11月1日には高野線下り線の高架化が完了し、高架化が完成した。

岸里玉出

駅構内は各線各方面毎にホームがある。南海高野線ホームが1・2番線で、対向式ホーム2面2線となぅている。ホーム有効長は21m級車両6両分ある。

岸里玉出

南海高野線ホームは高架化前に使用されていた旧ホームが極楽橋方に残っている。

岸里玉出

南海高野線と南海本線は岸里玉出駅手前で、高野線が左にカーブして離れている。

岸里玉出

駅構内はデルタ状になっており、高野線ホームから本線ホームや改札へは長い連絡通路を通らなければならない。

岸里玉出

南海本線ホームは3・4番線となっており、ホーム1面2線の島式ホームとなっている。ホーム有効長は21m級車両6両分ある。

岸里玉出

上り線のみ通過線があり、この通過線は住ノ江から続く複々線の終端となっている。

岸里玉出

下り線は通過線はなく、岸里玉出を過ぎてから複々線になる。

岸里玉出

岸里玉出

汐見橋線ホームは6番線で、1面1線の単独のホームが設置されている。ホーム有効長は21m級車両2両分ある。

岸里玉出

改札は2ヶ所あり、北側に岸里改札がある。岸里改札は地上にある。有人改札で、ICカード対応の自動改札機と自動券売機が設置されている。

岸里玉出

岸里改札の前にはマックスバリュー南海岸里店がある。駅から東へ徒歩10分ほどの距離に阪堺線天神ノ森駅がある。西側には四つ橋線も走っているが、岸里駅は少し離れており、乗り換えできる範囲にはない。

岸里玉出

南側に玉出改札がある。玉出改札は南海本線の和歌山市方にある。このため、高野線、汐見橋線とは繋がっておらず南海本線専用の改札となっている。玉出改札は一部時間帯を除き無人化されている。こちらもICカード対応の自動改札機と自動券売機が設置されている。改札は地上2階部にある。

岸里玉出

玉出口の出口は1ヶ所で、高架下に駐輪場などがある。

岸里玉出

駅の西側には玉出本通商店街がある。この商店街を抜けると四つ橋線が走る国道26号線に出るが、玉出駅はもう少し南側にあるため、こちらも乗り換えは厳しい。東側には阪堺線の東玉出電停があるがこちらも少し離れている。

岸里玉出駅の2016年度1日あたりの乗車人員は2,247人で、うち定期利用者は848人となっている。定期比率は37.7%で、定期利用者はかなり少ない。10年前の2006年度と比較すると全体で2.5%減、定期利用者は23.7%減、定期外利用者は17.2%増となっている。

  

鉄道コム

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