EF65-1000番台

EF65-1000番台

EF65-1105

EF65-1000番台、2000番台は国鉄時代に製造された旅客貨物両用の直流電気機関車。貨物機として製造された0番台、旅客用と貨物用に分けられて製造された500番台の後継として旅客貨物両用として1000番台が製造された。全面非貫通の0番台、500番台と違い前面貫通型となった。1969年から1974年まで138両が製造された。1001~1055までは前期型と言われ、ひし形の大型パンタを搭載し、前面にルーバーが付いている。1056~1139は後期車と呼ばれ、下枠交差型のパンタグラフになり、ルーバーなどもなくなり、東京発着のブルートレインなどを牽引し、一世を風靡した。前期型は主に東北本線のブルートレイン、夜行列車の牽引、貨物列車の牽引にあたり、後期型は華やかな東海道山陽筋での活躍が目立った。名門東京機関区に配置された後期型PFは、あさかぜ、はやぶさ、さくら、富士、みずほ、出雲、瀬戸などの寝台特急9往復の牽引を担当し、寝台急行銀河の牽引にも充てられた。東京発着のブルトレは国鉄末期の1985年3月14日ダイヤ改正で、九州ブルトレと下関発着のあさかぜ2・3号がEF66牽引になり、後期型も徐々に華やかな表舞台から遠のいて行った。JR発足時には東京発着の出雲2往復と瀬戸、銀河と関西発着のブルトレ3往復の牽引に充当されていたが、ブルートレインの華とされていた九州ブルトレから撤退していたこともあり、地味な存在になっていた。
JR発足後は、JR東日本、JR西日本、JR貨物の3社に引き継がれた。JR東日本、西日本では当時数多く残存していた寝台特急や夜行急行などの牽引を中心に、ジョイフルトレインや臨時、団体列車の牽引にも活躍していた。JR東日本ではスーパーエクスプレスレインボー専用機として1019号機を同列車に合わせた塗装とした。後に1188号機も同塗装となった。1988年当時の旅客定期列車牽引は以下の通り。寝台特急あけぼの(上野〜黒磯)、寝台特急瀬戸(東京〜高松)、寝台特急出雲(東京〜京都)、寝台特急あかつき(新大阪〜下関)、寝台特急なは(新大阪〜下関)、寝台特急彗星(新大阪〜下関)、寝台急行銀河(東京〜大阪)、急行八甲田(上野〜黒磯)、急行津軽(上野〜黒磯)、急行ちくま(大阪〜名古屋)。このうちあけぼのと出雲は2往復運転されていたため、合計12往復の旅客定期列車を受け持っていた。
以後は受け持ち列車が減る一方となる。急行津軽は1990年に山形新幹線工事のため、仙山線経由となり583系に置き換え、寝台特急あけぼのもこの時、1往復が上信越羽越線経由の鳥海に変更され、PFの運用が減少した。急行八甲田は1993年12月改正で臨時格下げとなり、1997年3月改正では秋田新幹線開業によりあけぼのが上信越羽越経由となり、東北系統の定期夜行列車からPFが撤退することになった。1997年には急行ちくまも383系電車に置き換えられた。東海道山陽筋では寝台特急瀬戸と出雲1往復は1998年に285系電車に置き換えとなり、2000年時点の定期受け持ち列車は以下となった。寝台特急出雲1往復(東京~京都)、寝台特急あかつき(京都〜下関)、寝台特急なは(新大阪〜下関)、寝台特急彗星(新大阪~下関)、寝台急行銀河(東京~大阪)となった。2001年3月改正ではあかつきの佐世保編成が廃止となり、京都〜門司間であかつきと彗星が併結運転を開始し、牽引機にはEF66が充当された。長年PF牽引だった関西ブルトレも縮小の波と66への置き換えが行われ、ブルトレ牽引機の表舞台から下りていくことになった。ブルトレの廃止は2000年以降加速し、2005年10月には彗星が廃止になり、あかつきとなはが併結運転を行うようになった。これに伴い関西ブルトレからPF牽引列車が消滅した。また、2006年3月改正では寝台特急出雲が廃止となり、長年続いていたPFの東京発着の寝台特急牽引もこれにて終止符が打たれた。最後PF牽引の定期列車として残存していた寝台急行銀河も2008年3月改正で廃止となり、これを持ってPF牽引の定期列車は完全に消滅した。

  

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